【注目記事】大麻を日本で1番わかりやすく解説!【大麻初心者向け】

大麻と日本の関係【アメリカに流され続けた歴史を再考する】

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Tくん

なんで日本人はこんなにも大麻を毛嫌いするの?

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Cちゃん

大麻って本当にそんなに悪いものなの?

本記事ではこのような疑問を解決します。

今、大麻の有用性についての研究が世界で加速を見せています。

北米を中心に合法大麻を扱うスタートアップが続々と生まれ、投資家の間では「グリーンラッシュ」という言葉まで生まれました。

果たして日本はグリーンラッシュの流れに乗れているでしょうか?

残念ながら、答えはNOです。

なぜなら、日本にはいまだに「大麻は悪いもの」という固定概念にいまだに残っているためです。

本記事では、日本と大麻の歴史を紹介し、日本人がどのようにして「大麻は悪いもの」と考えるようになったのかを解き明かしていきます。

私たち日本人がいつの間に抱き始めた大麻への固定概念を考え直すキッカケになれば幸いです。

日本と大麻の歴史

大麻の歴史を知らない日本人の中には「大麻なんて海外のもので日本に馴染みなんてだろう」と言う方もいます。

しかし、それは間違いです。

大麻は「日本」という概念が存在する前のはるか昔から日本に存在し、人々の生活を支えてきたのです。

縄文時代から大麻は日本人にとって大切なものだった

日本で発見されたもっとも古い大麻の種子は「縄文時代の遺跡」から発掘されています。

縄文人は大麻の繊維を糸にして衣服をつくり生活していました。

また、縄文人の大麻の使い方は衣服だけではなく、食料そして燃料としても大麻を活用していた跡を考古学者たちが発見しています。

そして、弥生時代には大麻を用いた織物「麻織物」の文化がさらに発達し、『万葉集』の中にも、大麻を詠んだ歌が登場したりと、日本人にとって大麻はかけがいのないものになりました。

江戸時代は日本人がもっとも大麻を愛した時代

縄文時代から着実に進展していた大麻文化が大きく花開いたのは「江戸時代」とされています。

江戸時代の人々は、麻繊維の着物を着て、麻繊維で作られた凧で凧揚げを楽しんでいました。

そして、大麻製品の再利用も盛んに行われ、使い古された麻繊維の着物はぞうきんになり、ぞうきんの役目を終えると、麻紙に加工して、障子紙などとして活用されました。

深刻な環境問題を抱える現代人のキーワードは「サステイナビリティー(持続可能性)」ですが、江戸の人々は大麻を使ってまさにサステイナブルな生活を送っていたのです。

大麻は江戸時代の食にも大きな影響を与えました。

その代表的な例が「七味唐辛子」です。

七味唐辛子は「食べる漢方薬」というアイディアのもと、江戸時代に誕生し、そこには大麻の実も入っています。

今では、CBDオイルなどの大麻の健康に対する有用性が認められ始めていますが、江戸時代の人々ははるか昔の時代に健康目的で大麻を食していました。

日本の大麻文化が衰退したのは「GHQ」が原因だった

なぜ大麻と共に生活を送ってきた日本人が大麻を毛嫌いするようなったのでしょうか?

実は、第二次世界大戦後に日本占領政策を行なった「GHQ」が日本の大麻文化の衰退と大きく関係しています。

GHQの意向により1948年に「大麻取締法」が制定され、大麻の麻薬扱いが始まりました。

しかし、当時の日本では「ハイになる」ためではなく衣類など大麻を実用的に使っていたのです。

事実、日本に自生する大麻は「ヘンプ」と呼ばれるTHC濃度が極端に低い一種で、吸ってもハイになれません。

ではなぜGHQは日本政府に大麻取締法を作らせたのか?

それはアメリカ国内で「大麻撲滅キャンペーン」が行われていたからです。

アメリカが大麻撲滅に力を入れた理由の一説として「大麻があると化学繊維や石油製品が売れなくなるから」と言われています。

敗戦国である当時の日本にとってアメリカの言うことは絶対。

そして、1948年に生まれた大麻取締法は「栽培免許を持った者が神事、紐、衣服のための大麻草の栽培」以外の大麻の使用をすべて禁止しました。

この法律により、大麻の有用性を研究することすらできなくなってしまったのです。

GHQの意向によって作られた大麻取締法は、考え直されることなく、70年ほど経った現在でも存在し、日本の大麻文化を衰退させ、グリーンラッシュの足枷にもなってしまっているのです。

アメリカの影響は続く!日本人はいつから、なぜ大麻を吸うようになったのか?

日本人が大麻を嗜好品として楽しむようになったのは皮肉なことに大麻取締法が生まれた後の1960年。これもまたアメリカの影響です。

1950年〜1960年代にアメリカでは、「ビート・ジェネレーション」と呼ばれるヒッピーから熱狂的に支持された詩人・作家グループがアメリカ文学界を席巻。

「ニューヨークのアンダーグラウンド代表」である彼らは『大麻を吸う描写』を作中に多く描きました。

彼らの作品は世界中で読まれ、日本人の若者が「大麻を吸う」という行為と出会った瞬間でもありました。

大麻取締法により逮捕者が年々増える

アメリカから輸入されたヒッピー文化の影響で大麻を吸うことを覚える日本の若者が増えるのと比例し、国内の大麻所持による逮捕者の数も徐々に増加。

1966年の逮捕者が176人だったのに対し、1979年にはなんと1,000人以上の逮捕者が出ることになりました。

「井上陽水」など著名人なども大麻取締法により逮捕され、メディアでは「大麻はそんなにいけないものなのか?」という議論も生まれています。

逮捕者は確かに増加傾向でしたが、現代の日本人のように大麻に対して嫌悪感を持つ人は少ない時代だったと言えるでしょう。

逮捕者の数が一気に上昇した1980年の裏にはまた「アメリカ」

1980年に突入し、日本はまたアメリカの影響を受けることになります。

アメリカのレーガン大統領夫人であったナンシー・レーガンがドラッグ撲滅キャンペーン「Just Say No(ただノーと言おう」を開始。

大麻はコカインやヘロイン同様のドラッグとして認識され、大麻草に赤いバツマークが付けられた横断幕を掲げながら行進するパレードなどが街中で行われました。

このドラッグ撲滅キャンペーンの流れはすぐに日本にも「ダメ。ゼッタイ。」という形で入り、日本人の中で「大麻は危ないものだ」という意識が急速に芽生えることに。

同時に、警察による取り締まりも厳しいものになりました。

日本人の大麻に関しての認識は1980年にアメリカの顔色を伺ってつくった「ダメ。ゼッタイ。」というスローガンで歪められ、正されることなく2020年の現在まで続いてしまっているのです。

日本の大麻文化を制限したアメリカが今では大麻合法化に舵を取った理由

1980年から時代は大きく変わり、アメリカは大麻合法化に乗り出しています。

その理由は「大麻が犯罪組織の資金源にさせないため」や「大麻産業で税収を増加させるため」だとされています。

そして、合法化の決断の背景にあるのは「大麻の有用性」です。

長年に渡る研究の結果である「大麻が科学的かつ医療的に有効」だというエビデンスはアメリカも見て見ぬ振りはできません。

2020年3月時点では、16の州で医療用大麻、9の州で嗜好用大麻が合法になっています。

そして、アメリカは今やグリーンラッシュの地に。

大麻製品のマーケットが生まれ、「大麻ツーリズム」という新たな観光スタイルも確立。

2020年1月に嗜好用大麻の合法化に踏み切ったイリノイ州では、合法後の5日間だけでなんと12億円の売上を記録。

1年単位で見ると、2019年度のアメリカ国内の大麻の売上は1兆3200億円に上ります。

アメリカにおける大麻産業がどれくらい大きいものかが分かります。

日本の大麻文化を大きく制限したアメリカが合法化に舵を切った今、日本はいつまで「大麻は悪いもの」という古く誤った考えを続けていくのでしょうか?

まとめ:日本と大麻の歴史を知った上で大麻の有用性を理解しよう

大麻は縄文時代から使用されていた歴史があり、江戸時代には人々のサステイナブルな生活をするために欠かせないものでした。

しかし残念なことに、GHQの意向によって制定された大麻取締法で日本の大麻文化は衰退を見せ、日本は摂取による大麻有用性の研究すらもできなくりました。

当のアメリカは今は大麻産業で世界を代表する国になっています。

アメリカに振り回され続けた日本の大麻文化。

しかし、過去は過去。

私たち日本人ひとりひとりが大麻を正しく認識して、その有用性を伝えていかなければいけないと思います。

制定から70年間以上経った大麻取締法を考え直すときがそろそろ来るのではないでしょうか?

もし、大麻を研究することすらできないのであれば、日本と世界との距離は広がるばかりです。

「大麻の解禁が世界でどれほど始まっているの?」と気になっている方は以下の記事がオススメです。

本記事が大麻を再考する機会になれば幸いです。

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